教員、とくに担任はヒマが大事だと自分は思います。
全力でヒマを作りにいく。たとえヒマじゃなかったとしても、せめて顔だけでもヒマそうにしておく。
担任が忙しそうにしてると、大事なものが見えなく聞こえなくなっちゃうので。
忙しそうな人には声をかけにくい
相手が忙しそうだと声をかけずらいんだよね。どうしても相手を気遣ってしまう。相談、頼みごと、打ち明け話、ネタ会話、どれも敬遠しちゃう。
というわけで、教室にいる時の担任は自分の椅子に座ってのんびりしてるぐらいがいいよ。
そうすりゃ色々聞こえてくるし見えてくるものがあるので。たぶん。— タビ (@Tabisen_writer) 2019年4月1日
教員に限った話じゃないんですが、忙しそうにしている人って声かけにくくありません?
自分はよくそれ思っちゃいます。
「あ、あの人に用事があったんだけどめっちゃ忙しそうだな…また後にしようか…」
っていう感じでその人とのコミュニケーションを断念しちゃうんです。
小学校教員が忙しい=子供の声が聞こえなくなる
「忙しい人には話しかけにくい」問題。
これ、学級担任も同じだと思うんですよ。
担任が分掌だとか授業準備だとかを両手に抱えて教室内であたふたしていたとしたらどうでしょう?子供たちはその担任に声をかけずらくなるんじゃないでしょうか。
何か悩みや打ち明け話があったとして、それを話すのを諦めさせてしまっているんじゃないかと、そんな気がするんです。
担任が子供たちに忙しそうな姿を見せていると、やがて子供の声が聞こえなくなってしまうんじゃないか?
このことは学級経営においても、児童理解においても、けっこう致命傷なんじゃないかと思っていました。
小学校教員は子供の前では忙しさを隠す。ヒマ人を演出
休み時間。
担任は教卓のイスに座ってのんびりと教室内のワイワイガヤガヤを眺めているぐらいでいいんじゃないかなって思います。
そうやっていると、色々と見えてくるんですよ。
いつもと様子が違う子がいたとして、その子の違いの原因みたいなものが見えることもありますし、
1人でぽつんとしている子がいれば、その子が1人を楽しんでいるのか、それとも他の子に声をかけたくてもかけられない状態なのかが見えたりします。
あーヒマだなー、いい天気だねぇ、
なんて構えていると、おしゃべりな女子が話しかけてきたりしますし、放課後なんかは時々深刻な悩みを打ち明けてくる子がいたりもします。
担任が暇そうな姿を見せる。
これって実は「話しかけやすい雰囲気」を作るための学級経営ノウハウの一つだったりするんです。
忙しさをなくす努力。ヒマは作るもの
日中をヒマに過ごす。
このことから逆算して次の日の準備をするといいです。
自分が日中、休み時間や給食時間にやってしまっている仕事。それらをどうにか放課後に回せないものか。
そんなマインドで仕事をしてみてはどうでしょうか?全ては日中をのほほんとヒマ人的に過ごすためです。
もちろん放課後は放課後で時間なんてまるでありません。
「絶対やらなければならない」仕事を見極め、
「やったほうがいい」仕事を許容範囲になるまで減らし、
なんとか定時で帰って家庭人趣味人やりましょう。
まとめ
- 学級担任はヒマ人だと子供たちに思わせるべき
- 忙しそうな人に子供たちは話しかけない
- ヒマを生み出すことから逆算した前日準備を
ベテランのおじいちゃん先生なんかは、よく教室でひなたぼっこしたりしていました。
そこに子どもがベタベタ寄っていったりしていて、その姿にまだ若かった自分はなんとなく憧れたものです。
教員がヒマを望むのって、まぁほんとに手抜きしたい人もそれなりにいるとは思いますが、子どもと誠実に向き合いたいと思った結果のヒマ人願望というのも結構あるんですよ。
子どもの声を拾えるように、
子どもの姿が見えるように、
ぜひぜひヒマ人先生目指してみてください。
これやってると時々管理職や熱血先生からのヘイトが溜まっちゃったりしますが、
まぁどうでもいいですね。
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