ADHDが鬱や人生転落を起こす3つの壁【一人暮らし、就職、昇進】

こんにちは、タビ(@Tabisen_writer)です。

33歳からADHD疑いでメンタルクリニックへ通いストラテラ生活を始め、34歳でADHDとの診断を受けました。

現在は自立支援医療制度を使って安価でコンサータを服用しながら非正規雇用の職を必死にこなしています。

 

さて今回お話するテーマは「ADHDの人生に訪れる3つの壁」。

3つの壁とは、ADHDと診断された人間もしくはADHD傾向の強い人間の人生の中にハードルのように突如現れ、人生を転落させたり鬱などの精神疾患を引き起こさせたりする3つのタイミングのことです。

自分はちょうどこの半年間で、最後の3つ目の壁が引き起こした被害をあらかた回収することができました。傷はそれなりに残りましたけどね。

 

先日そのことをメンタルヘルスと退職の視点から文章にしていたとき、「この話はADHDとしての視点からも文章に残す価値がありそうだな」と思いました。

というわけでいまこの文章を作成しています。

 

ちなみにADHDの3つの壁ですが、具体化すると、

  • 大学入学・一人暮らし
  • 社会人デビュー
  • 昇進して部下ができた

となります。比較的大多数の方に訪れるであろう人生の節目です。

 

これから語る内容としては、

「なぜこの3つのタイミングがADHDにとって人生の落とし穴となってしまうのか?」

「自分の場合はこの3つのタイミングでどのようなアクシデントが起こったか?」

「どうすれば被害を少なくこの3つの壁を乗り越えられるのか?」

このような順序で書き進めていきます。

 

読んでほしい方は

  • ADHD当事者
  • ADHD疑いもしくはADHD診断済のお子さんを育児中の保護者

もちろん、他の方々にも1つの読み物として気が向いたら目を通してもらえると嬉しいです。

職場にADHDっぽい人がいたときなどの理解につながるかもしれませんから。

ADHDが鬱や人生転落に陥る3つの壁とは

まずはADHDの3つの壁について整理しましょう。

やっかいなことに3つのタイミングはどれも一見「人生における幸せな瞬間」と思える場面で訪れます。その落差もまたダメージが大きくなる原因なのでしょう。

大学入学・一人暮らし【1つ目の壁】

大学生活、そして一人暮らし。

どちらもADHDの特性の負の側面に襲いかかる大きな生活の変化です。

 

まず大学生活ですが、基本的に「自律」の精神が求められるんですね。

時間割を自分で作り、

遅刻するかどうかを自分で決め、

課題を未提出で終わらせても誰にも怒られない。

それこそ勉強のやり方すら誰も教えてくれない。

全てが自由であることが大学の勉強の特徴で、そのことがADHDにとってはかなりキツいんです。

正直、大学生活とADHDの相性は限りなく悪いものだと自分は捉えています。

 

そして一人暮らしがこれまたつらい。

ずっと望んでいたはずの一人暮らしなんですが、いざスタートしてみると面白いように生活が崩れていきます。

食事がめんどくさくて全て外食。

掃除は他にやりたいことがあるから後回し。

ゴミ出しも後回し。

ゲームが面白くて深夜まで続ける。

朝は起きない。

飲み会が楽しくて連日泥酔。金欠。

まぁ見事に崩れました。

大学生だったのでこの状況でもなんとか笑って済ませられたのですが、社会人になるとこの生活習慣は許されませんね。

実際、自分は教育実習の事前講義みたいなやつで朝起きられず、そのまま単位を落としたことがあります。わりと前代未聞でした。

結局次の年に1学年下の連中と一緒に教育実習行くことになり、当然思いっきり注目浴びました。

まぁそれはそれで良い出会いもいろいろあったんで良いんですが。

 

ADHDの一人暮らしはブレーキのきかない自動車を運転するようなもの。

興味と快楽最優先で走った楽しい生活の先には汚部屋、寝坊、金欠などの凶悪な落とし穴が待ち受けています。

 

社会人デビュー【2つ目の壁】

ADHD二つ目の壁は社会人1年目。

ついた職業との相性が悪い場合、見事に人生を踏み外すことになります。

時間、ビジネスマナー、パワハラ、電話、報連相、上下関係、興味ないこともやる、マルチタスク、

わりとキツいですね。

 

世の中ですが、これらの要素が強い職場と弱い職場というのが確実にあります。

その中でも特に「興味」「マルチタスク」「パワハラ」の3つがどのような状況になっているかによって2つ目の壁を突破できるかは決まってくる気がします。

 

自分の場合、仕事に興味をもてたこととパワハラが少なかったことが幸いし、社会人としてうまく世の中に入り込むことができました。

とにかく職業選択が大事です。

 

出世昇進・部下ができた【3つ目の壁】

ADHDを待ち受ける最後の壁。それが昇進です。

出世が叶い喜んだのもつかの間、そこに待ち受けるのはマルチタスクと複雑なスケジュール管理、そして厄介な人間関係の中で組織を見渡すという仕事です。

これは、不可能ですよ。不可能です。

ストラテラやコンサータを飲んでみたり、周囲に理解を求めてみたり、色々やりようはあるのですが、限界はあります。

自分はここで限界を感じて仕事やめました。わりと消極的な解決です。

どうすりゃ良かったんでしょうかね。

 

【体験談】ADHD当事者がぶつかった3つの壁の一部始終

ここでちょっと体験談をはさみます。「そういうのいいから!情報だけ欲しいな!」という方は読み飛ばしてください。

大学入学&一人暮らしスタート!寝坊と課題未提出の常習犯として

自分は高校卒業まで実家暮らし。実家から遠くの大学に合格したので、入学と同時にアパートで一人暮らしをはじめました。

上の項で説明した通り、大学生活とは「自律」。

全てのADHDがどうかは知りませんが、少なくとも自分の場合は「自律」の力なんて持ち合わせてなくて、全ては「興味」「快感」「恐怖」のいずれかで動いていたんですね。

高校まではわりと規律を根拠にした「恐怖」みたいなのが多くてそれに良くも悪くも縛られて生きていくんですが、大学はそれがない。

「興味」のわいた講義に対しては物凄い入れ込み様だったんですが、そうでない講義は遅刻課題未提出居眠りのオンパレード。たとえそれが必修講義であっても。

相当単位を落としましたし、ロクな学びもなかったと思っています。

 

一人暮らしの方はとにかく「興味」「快感」最優先。家事は困った時だけやるという感じです。

洗濯については比較的すぐに困るので結構やってました。

掃除は…汚い部屋に困りを感じないのでやってません。この感覚、わかります?

食事は面倒なので外食かコンビニ弁当で済ませていました。あと飲み会。

快楽大好きなので友人レベルの飲み会は全出席です。専攻飲みみたいな組織ベースの飲み会は嫌だから行かない。

お金はバイトしてどうにか稼いで飲み会とコンビニ弁当に使ってました。

 

最後は4年で卒業したんですが、奇跡ですね。

朝起こしてくれる友人の存在、

自分を否定せずに笑ってくれた親友2人の存在、

後半2年間を助けてくれた当時の恋人の存在、

これらがなければ普通に留年繰り返して退学してたと思います。

 

何の間違いか教員に。意外と特性に合った側面もあったがやはり荷は重かった

このブログのいくつかの記事で書いてるんですが、自分は20代の全てを小学校の臨時採用教員として過ごしていました。

あの大学生活から教員?マジで!?

という感じで最初は各方面から驚きと指差し笑いと不安の眼差しをたっぷりといただいたのですが、いざ始めてみると意外とフィットしたんです。

これは小学校教員という仕事が、

  • 個人でPDCA回す仕事であること
  • 自分が手を抜くと不幸になる存在が目の前にいること
  • 上下関係が少ないこと
  • ビジネスマナーをあまり必要とされないこと

という側面をもっていたからです。全ての学校がそうではないとは思いますが、自分が勤務した8校中、7校はそういう雰囲気の働き方でした。

「こんなクソみたいな自分でも必要とされる、誠心誠意取り組めば感謝される」という感覚がとても幸せで、ひたすら目の前の仕事に没頭していましたね。

主に事務作業方面で失敗も多々ありましたが、別方面で色々と突き抜けた成果を出していたことから、職場でも暖かく見守ってもらうことができました。

自分の場合、ADHD二つ目の壁はそこまで辛いものではなかったのかもしれません。

教員の世界の「階級が少ない横一列の職員関係」「職員同士の助け合いの文化」が自分を助けてくれました。

 

正職員として学校内で重要なポストに配置される。力尽きて退職

30代、なんの間違いか教員採用試験に受かり、正職員として小学校で働くことになりました。

年齢も年齢だったので、待っていたのはいきなり学校内の重要なポスト。一般企業で言うところの課長というか部長というか、そういうポジションです。

ついでにすぐキレて怒鳴る管理職もセットでついてきました。

教員の世界も大きく変わり、色々な階級や上下関係が発生しました。民間ごっこです。教員の余裕も全く無くなり、横の助け合いも無くなりました。というか助け合おうとしたら上司にキレられます。

普通に無理だったので退職。詳しくは別の記事で書きました。この話は何度もキーボードで打ちたくないです。

 

ADHDが3つの壁の被害をできるだけ避けるための方法

ADHDの3つの壁の概要ととある情けないADHD当事者の体験を話しました。

最後に、この問題をどうにかできないものか、ちょっと考えてみましょうか。「もし時空を超えてかけられる電話があったら18歳の自分になんて教えようかな」なんて思いながらやってみます。

【職業選択】向き不向きは確実にある

ADHDと職業について調べてみてください。

そして「自分が好きなこと得意なこと」についても一度紙か何かに書き出してみてください。

  • ADHDが避けた方が良い職業
  • 自分が好きなこと得意なこと

これらの視点をクロスさせながらキャリアを考えてみることで、自分が就いたら幸せになれそうな職業というものが見えてきます。

そしてそこで終わらない。

目指す職業が定まってきたら、その職業を10年続けた先にどのような未来があるかをイメージしてください。

組織内で昇進し管理職になる未来しか描けない職業だった場合、その職業は避けた方がよいと自分は思います。

できれば手に職がつく系。一生スペシャリストでいさせてくれそうな仕事がいいですね。

理想はフリーランスとして独立してもやっていけそうな業種。成長産業に乗るのがおすすめです。

 

【ミニマリスト志向】一人暮らしはものを持たない生活で

職業はそんな感じ。では生活は?

ここでは全力で「ミニマリスト」をおすすめしておきます。

詳しくは別の記事で書きました。生活が破綻していた自分がミニマリストの考えと出会った結果生活が大きく改善されたという体験談です。

これから一人暮らしを始めるADHDの方や既に生活が破綻しかけてて追い詰められている方などには是非いちど読んでほしいです。

ADHDの片付け苦手な特性がミニマリスト思考に救われた体験談
ADHD傾向の強い人は管理できるものの量が極めて少ないのではないかという仮説のもと、ミニマリスト生活を実践したことによって部屋がまともになった話。

 

【コミュニティへの所属】持つべきは友達・パートナー

自分の大学生活は友人と恋人の存在で救われました。

仲の良い友人がいると、やばいときに助けてくれるんですね。電話でたたき起こしてくれたり、卒論提出まで残り7分って時にバイクに乗っけてくれたり。

 

3つめの壁で自分が完全に追い詰められた時、新しい価値観を提示し退職の道を選ばせてくれたのもまたパートナー。嫁の存在でした。

もし自分がこの時独身だったなら、「俺には今更教員以外の生き方は無いんだ」とせまい価値観の中で命を絶っていたでしょう。大げさな話ではありません。今回お話ししている3つの壁とはそのレベルの負担ストレスなのです。

 

ADHDには人間関係や住環境に対するリセット願望があるように思えます。ツイッター等でADHD診断もちの方々の声を聞く限り。

なのでADHDが3つの壁を越えるために重要な存在である「コミュニティ・人間関係」についても連絡を絶って0にしてしまいたいと思う時があると思います。

それはもはや仕方ありません。自分も過去の人間関係はほとんど絶っています。家族親族ですらも。

 

なので。

せめて今この場にある人間関係は大切にしましょう。

コミュニティに対して自分が貢献できることを考え、

連絡に対する返事はできるだけ忘れずに行い、

今この瞬間の自分がもっているつながりだけは大切にしておくと良いです。

自分で何でもやりたがるのはもはや習性でありどうにもならないとは思うんですが、それでも最後に自分を助けてくれるのは他者の存在です。

 

まとめ「ADHDの一人暮らしや出世は幸せとピンチの隣り合わせ」

ADHDの3つの壁とは、ADHDが苦手とする環境やルール、仕事が一気に降り掛かってくる瞬間のことです。

ならば環境調整するもよし、環境に適応できるよう自分の生活をルーチン化するもよし。色々やりようはありますね。なんならそのものを変えてしまうのも一つの手です。

 

自分の場合は第一の壁を友人、第二の壁を適職選び、第三の壁は嫁と価値観と退職によって突破しました。

第三の壁は死の淵まで行ってしまう相当アレな状態でしたが、その時に生き延びようとして取った選択肢は今も後悔していません。

 

ただ、「もう少し前もって準備できていたなら、もっと違う選択肢も現れていたのかなぁ」なんてことは正直今も思いますね。

これを読んでいる方でまだ3つの壁が残っている方がいるのであれば、今からでも色々と情報収集なり価値観更新するなりして、いざという時によりよい選択肢を選べる立場を目指してください。

応援しています。

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