臨時小学校教員

臨時小学校教員に復帰。ブログも再開

臨時小学校教員として復帰しました。正採用教員を退職してから1年半。東京に引っ越してみたりWebライターをしてみたり一般企業でバイト的に働いてみたりと色々やってみましたが、結局教員に戻ってきました。

小学校教員復帰の理由

復帰の理由は大きく二つ。一つはカネ。嫁が正社員で働いていた仕事を退職した関係でまとまった収入と福利厚生が必要になったことです。これは自分が臨時採用教員として働いてしまうというのが一番手っ取り早い解決策でした。

もう一つは嫁が北海道での生活にゴーサインを出したこと。前に自分が正採用教員を退職した時、その理由の一つは嫁が田舎での生活に耐えられなかったことでした。今回、都市部の端の方に住所を決めてそこから自分が田舎の学校に通うということで、良い落とし所ができたんです。

自分としては北海道の田舎で教員をやっていたかった。東京での生活は何をやっても違和感だらけで。「一体自分は何をやっているんだろう?」「どうしてこんな状況になってしまったんだろう?」常に悩み続ける日々でした。

今回、北海道で小学校教員として復帰することで、少しだけ元の平穏な生活が帰ってくる感じがします。臨時ということでいつまで続くかは微妙ですが、一年半色々と悩んだ今の自分が教員をやるとどんな教員像が生まれるのか、少しだけ楽しみでもあります。

ただ…

過去の傷は消えない

少しだけですが動悸がし始めました。少しだけですけど。

やっぱ記憶から完全に消すことはできませんね。正採用教員時代の最後の日々は。パワハラと育児とで破綻した自分の脳ミソはやはり教員として復帰することを拒んでいるようです。

その辺も含めてどうなるんでしょうかね。とりあえず教員として復帰してみて足掻いてみます。人生が充実していた、純粋に楽しかった臨時教員時代の感覚に少しでも戻れるように。人生をそっちに近づけていけるように。

 

自分のメンタルを守る対策を

ここまで近況と内面を好きに語りました。

次は具体論。またメンタルが逝ってしまうことのないようにどう対策するか。

とりあえず組合に入ろうと思います。
正採用教員時代は組合の必要性と組合費の支払いについて教員ではなく元会社員だった嫁に説明ができず、途中で脱退したんです。組合を続けていたらパワハラで思いつめた時に何か突破口があったのか。それはわかりませんが。自分が正採用教員を辞めた一つの分岐点は組合脱退にあったような気がするんです。

色々とあって、組合の必要性、存在意義というものを今の自分は強く実感しています。今後早い時期に組合に加入することでしょう。

 

あとは、しっかりと自分を守ること。
管理職は必ずしも絶対的な存在ではない。場合によっては歯向かう。

臨時教員としての経験が長かった自分はできるだけ和を重んじ、管理職の要望にもできるだけ応えるクセがついていました。でもそれじゃダメだったんです。自分をきっちり守っていかないと、自分の心と担任した子供達を守ることができない。

自分の意見や教育観を大切にし、場合によっては立場を考慮せずに主張する。そうやって生き延びていこうと思ってます。

 

今後のこのブログの在り方

ブログについて。
以前は検索でこのブログにたどり着く、いわば「悩みを持った一見さん」に対して回答を書くというスタンスでブログ運営をしていました。

そんな運営方針に違和感を覚えました。そもそも「運営」って表現自体がおこがましい。

このブログは日記で良いです。人に読まれるという意識を捨てるつもりはありませんが、その読者意識と同じぐらい重要視するものとして「自分のため」を意識しようと思います。

仕事の中で何かを学ぼうとして、その結果や失敗、思考なんかをここに書き残そうと思います。「自分を見失わないようにするため」です。

思考や価値観を整理し続けることで、子供達に対し一貫性のある語り掛けができるようにしたいと思います。謂れのない攻撃を受けた時も相手が誰であろうと毅然とした主張反論ができるようにありたいと思います。

 

色々書きました。今後は時間の制約も出てくるので、そんなに長い文章にはならないと思います。日々の仕事から何かを感じ、サッと書き出すことを習慣にしたいですね。続けられるかな?とりあえず前向きに歩いてみます。

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